ここでは、僕が創った小説を公開しています。

超神戦記Z

(ACT−IIへはここをクリック。)

解説
▼もともとは、あるアニメーションシナリオのコンテストに出品するために作られたシナリオであり、近年、それを小説にリライトしたものである。実際のシナリオから多少改変 されており、設定がやや異なっている。
 コンテストに応募した時点では、第1話のみ完成していたが、プロットはかなり蓄えられており、かなりバラエティに富んだものになっている。まずは第1話を三章に分けて お送りする。
 なお、この小説は、ライティングスタッフを募集していたとあるゲーム制作会社にサンプルとして提出し、採用に少なからず影響を及ぼした作品である(しかし、筆者の都合に より、採用は残念ながら辞退させていただいた)。

キャラクター紹介
●西条新司/Z
 本作の主人公。城陽大学4年生。狂気の天才科学者、ドクトル渡会の手によって、細胞レベルでの調整手術を施され、超戦士Zに変身する力を得た。愛する人々を守るため戦う。
●ブラッディ・ウィッチ
 新司の幼馴染みで、本名はリリア・井上。Zとは違い純粋な人間だが、強力なエスパーである。愛するドクトル渡会の為に、Z抹殺を企むが、本当は優しい心の持ち主である。
●西条涼子
 新司の妹で、医者になる事を目指して佐和医科大学に進学したばかり。かなりのお兄ちゃんっ子で、やや子供じみたところもあるが、芯はしっかりしている。料理が得意。
●松原優美子
 新司の高校時代の先輩で、涼子の家庭教師を務めていた事もある。大学卒業後は、橘総合科学研究所で要職についている才女。感動すると人に抱きつくという変なクセがある。
●ドクトル渡会
 日本人の父とドイツ人の母を持つ稀代の天才科学者。生体兵器製造を目的としたクローン技術の必要性を訴え、学会から追放された。自らの正当性を証明しようと目論んでいる。

目次
第1章 戦士、覚醒す
第2章 それぞれの帰る場所
第3章 決戦の火蓋

第1章 戦士、覚醒す

 薄暗い地下室に、その青年はいた。いや、いたと言うよりも、倒れていたと言った方が適切だろう。しかも気を失っている。
「う、うう・・・・・・」
 意識を取り戻したのか、その青年は呻き声を上げながら、よろよろと立ち上がった。
「どこだ、ここは?」
 光のほとんどない地下室だが、目を凝らしてみる。時間が経つにつれて少しずつ目が慣れ始めたのだろう。ぼんやりとだが自分の周りが見えるようになってきた。 瓦礫や木の破片が散在していて、高い天井には大きな穴が開いている。
「いて!」
 突然、脚に激痛が走った。他にも所々が痛む。
「くそ、体中が痛いぜ」
と言って天井に目をやる。
「まさか、あそこから落ちたのか? 5、6メートルはあるぜ。けど、それでこの程度の怪我なら奇跡かも・・・・・・」
 その天井の穴と、崩れた壁の隙間から、微かに光が差し込んでいる。
「出られるのか、外に」
 壁に向かって青年は歩を進める。やがて壁に辿り着き、そこでふと考えた。
「で、辿り着いたのはいいけど、どうするよ? まさか素手でぶち破れねえだろうし」
 そうつぶやいて右の拳で壁を殴ってみる。
「なーんてな」
 すると、その殴りつけた所から亀裂が走り、見事に壁が崩れ落ちた。
「うぞ! マヂかよ・・・・・・」
 右手を見つめ、それから崩れ落ちた壁を見る。そしてもう一度右手に目を戻し、開いたり閉じたりしてみる。
「?」
 ポリポリと頭を掻き、腕組みをしてしばし考え込む。が、ワケがわからない。
「まあいいか。考えたってどうなるもんでもなし」
 どうにもこの青年、結構楽天的な性格のようだ。
 崩れ落ちた壁の向こうには階段があった。
「兎に角、外に出よう」
 そう言って階段を昇り始めた。程なくして、鉄の扉の前に着いた。ごく普通にドアノブに手をかけた。つもりだった。しかしその鉄の扉は大きな音を立てて 外に向かって吹っ飛んだ。
「何だァ? 何だってんだ?」
 戸惑いながら青年は、目の前の光景に衝撃を受け、そして、愕然とした。多くの建物が瓦礫と化し、あちこちで小さな火事が起こっている。
「こ、これは? 大地震でも起きたってのか? 俺が気を失ってる間に。・・・・・・オ・・・レ?」
 青年の顔から、血の気が完全に失せた。まさに蒼白という言葉以外に形容する言葉が見つからないほどに・・・・・・。
「俺は、俺は誰だ?! 分からない! 何も思い出せない!」
 思わずそう叫んだ刹那、青年の足元を掠めるように赤い光弾が! しかし青年は咄嗟に真横に飛びよけた。
(おおっ?!)
 難なくかわしたが続いて2発、3発と青年を襲う光弾。しかし、それも全て間一髪でかわしていく。青年は手近にあった、元の半分ほどに崩れた家屋に身を隠す。
「狙ってやがるのか、俺を。誰だ! 姿を見せろ!」
 そう叫びながら辺りを見渡すと、さほど高くない建物の屋上に女の姿を見つけた。ヘルメットを被り、身体の線がくっきりと現れるバトルスーツに身を包んではいるが、 遠目からでもその美貌は判断できる。髪は黒だが、瞳は青い。日本人と欧米人のハーフなのであろう。背の高い、スーパーモデルに引けを取らない、否、それ以上の美女である。
「あれは・・・・・・」
 青年ゆっくりと身を出す。
「やっぱり生きていたのね」
 そう言って飛び降りた女は、着地と同時に一気に青年との間を詰める。しかし青年は軽く身を翻し、女の後ろを取る。
「君、俺の事知ってるみたいだね? どっかで会った事あったっけ? どうも思い出せないんだよ。一度会ったら忘れるわけないと思うんだけど、君みたいな美人。」
 この青年、楽天的な性格の上に、少々ナンパな部分もあるようだ。
「な、何を言ってる!」
 からかわれてると思ったか、女は顔を高潮させて叫ぶ。その時、直前までふざけていた青年の顔が、突然真面目になった。
「ついでに言うと、他にも色々と教えてもらわなきゃいけない」
「まさか、本当に記憶を? なら、何も思い出せないままあの世へ行くがいいわ!」
 女は後回し蹴りを繰り出す。鋭い!
「ウアッ!」
 青年は軽く3メートルほど吹っ飛んだが、素早く跳ね起きて身構える。が、既に目の前に彼女の姿があった。青年の両肩を掴んでぶん投げ、そのままテレポートする。 高く放り投げられた青年は、その背中を彼女の組んだ両手で殴りつけられた。その衝撃で、真下にあった廃工場の屋根に、凄まじいスピードで落ちていく。屋根を突き破り、 2階の床も突き破り、階下の床にしたたかに身体を打ちつける。女は、大地に降り立ち、様子を窺っている。
 薄暗い工場の中、青年はゆっくりと身を起こし、よろよろと立ち上がる。
「ったく、やってくれるぜ、リリアのヤツ。リリア・・・・・・・? そうだ、思い出した。俺は。俺は!」
 青年は今しがた自分が落ちてきた屋根に向かって大きくジャンプした。そして軽やかに女の前に着地する。
「しぶといわね」
「感謝するぜ、リリア。今の一撃で全部思い出せた。尤も、俺が記憶を無くしたのは、お前に屋根の上から地下室まで叩き落されたおかげだけどな」
 地下室で目覚めた青年は、目の前にいる女に地下室に叩き落され、その衝撃で記憶を失っていたのだが、同じように殴られて叩き落された時のショックで記憶が戻ったと、 そういう事だ。
「リリア。やめるんだ。俺とお前が戦う理由なんてないんだ」
「新司、寝言は寝て言う事ね。あの人のため、あの人が望むように、私はあなたを、殺す」
「リリア!」
「リリア、か。そんな名前、とっくの昔に捨てたわ。私はブラッディ・ウィッチ。覚悟しなさい、新司。いえ、Zッ!」
 右の手のひらをウィッチが新司−−Zとも呼んだ青年−−に向かって突き出すと、そこから無数の赤い光弾が新司めがけて飛んでいく。そのほとんどが新司を直撃する。 命中しない光弾は新司の足元に激突し、周囲が砂煙に覆われる。
「これでどう?」
 やがて砂煙が薄れてきた。するとそこには、さっきまでとは違う人影が見えてきた。
「!」
 まるで鎧を着込んだかようなその体。体躯も一周り大きくなっている。どことなくカブトムシを彷彿とさせるそのフォルム、新司の変身した姿=Zだ。
(新司・・・・・・)
 Zは変化した自分の拳を見つめて呟いた。
「そうだよ。俺の身体はもう普通の人間とは違うんだ。高空から落ちても無事。コンクリートの壁だって簡単に粉々にしちまう・・・・・・。ヤツのおかげで、俺は、俺は!」
 Zはさらに強くその手を握り締めた。そして、ウィッチの姿を見据える。
「リリア井上。俺たちは幼馴染じゃないか。そんな俺たちが戦うなんて悲しすぎると思わないか?」
「新司、いえ、その姿だから実験体ナンバー26、コードネームZと呼ぶわ。所詮私たちはこうなる運命だったのよ」
「リリア!」
「行くわよ、Z!」
 そう叫んだウィッチは凄まじいスピードでダッシュした。一気にZとの間を詰め、立て続けに神がかり的なスピードで両拳を繰り出す。が、Zもそれを全てかわす。
「ハアッ!」
 ウィッチは最後に渾身の力を込めて右回し蹴りを放った。しかし、その一撃も、Zは軽く左手の甲で受け止めた。
「クッ!」
「よせ、リリア」
「おのれ!」
 もう一発右の正拳突きを繰り出す。その拳は完璧にZの右頬にヒットした。が、Zには効き目がない。
「リリア、覚えてるだろ? 俺たち、ガキの頃からさ、よく一緒に遊んだじゃないか。夕焼け空を見ながら原っぱを走り回ったり、川に草船を流したりさ」
「こんな時に何を言い出すかと思えば・・・・・・」
「俺は今の二人が本当の形だなんて思えない。時々ケンカしたりもしたけど、それでも、俺たち、兄弟みたいに育ってきたんじゃないか」
「私は・・・・・・、私は、愛するあの人の為に過去は捨てたのよ。あの人の望みを叶える為なら、鬼にも悪魔のもなるわ」
「だから、血まみれの魔女、ブラッディ・ウィッチなんて名前を?」
「そうよ!」
 ウィッチはそう叫ぶと同時に、再びZに殴りかかった。が、逆に顔面にパンチを食らった。Zとしては、さほど力を込めてはいなかったのだが、ウィッチは5メートル ほど吹っ飛んだ。
「しまった!」
 こころならずも彼女をぶっとばしてしまい、Zは思わず声を上げた。倒れているウィッチに駆け寄る。
「リリア!」
 倒れたウィッチにZは手を差し伸べる。
「すまねえ、大丈夫か?」
 一瞬ウィッチは戸惑ったが、その手を撥ね退け、バック転で飛び起きてZと距離をとる。
「Z、今日の勝負は預けるわ。今度会う時はあなたの最期よ。よく覚えておきなさい」
「リリア!」
 Zの叫びに耳を貸さず、連続テレポートでみるみるZから離れていく。Zは呆然とそれを見逃すしか出来なかった。
「リリア・・・・・・」
 呟いてZはゆっくりと歩き出す。この状況の中、奇跡的に倒壊せずにすんだ小さなプレハブの窓ガラスに映った自分の姿が目に入った。
「これが俺の姿か。化け物にしか見えねえぜ。こんな姿、涼子たちには見せられねえな。チッ、ドクトル渡会め」
 Zは変身を解き、本来の姿−−西条新司の姿−−に戻る。荒れ果てたその地から、愛する人たちに再会するため歩き出した。

第2章 それぞれの帰る場所

 閑静な住宅街。夜も更け、歩いている人はいない。時折野良猫がうろうろしているが、しんと静まっている。
 そんな小さな街の一画にあるアパート。プレートには『SAIJO』の文字が可愛らしい字体で書かれている。そのアパートのリビングで勉強に励んでいる少女がいる。 傍らのフォトスタンドには、少し照れた顔の新司と、その腕に抱きついてVサインをしている写真が飾られている。彼女は西条涼子。新司の妹で18歳。大学生になってまだ日も浅い、 現役バリバリの女子大生である。
「う〜ん」
 机に向かい続けていたお陰で疲れたのか、涼子は大きく身体を伸ばした。そこへ玄関の呼び出しチャイムが鳴った。
「ン?」
 涼子は立ち上がり、玄関に向かおうとした。その時、ふと壁に掛けてある時計が目に入った。短針が『11』を指している。
「こんな時間に・・・・・・」
 外の様子を窺おうと、玄間のドアの覗き穴かを覗き込むが何も分からない。仕方なく恐る恐る、ゆっくりとドアを開ける。
「ど、どなたですか?」
「俺だよ、涼子・・・・・・」
「! お兄ちゃん!」
 涼子は驚いて大きくドアを開けた。そこには、疲れ果てた顔で壁に寄りかかっている新司の姿があった。涼子の顔を見ることが出来た安心感で、新司の表情に安らぎが訪れる。
「無事だったか・・・・・・、涼子」
 そう言って身体を起こした新司は、力なく涼子に寄りかかった。いや、倒れ掛かったと言うのが正しい。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん? お兄ちゃん!」
 涼子は新司の身体を何度もゆすってみるが、新司は一切動かない。その代わり、安らかな寝息を立て始めた。

 その頃、ブラッディ・ウィッチことリリア井上は事の次第をドクトル渡会に報告していた。
「申し訳ございません、ドクトル渡会。試験体ナンバー26の討伐に失敗致しました」
「そうか、Zを打ち損じたか」
 表情を変えずに、狂気の科学者は言った。
「は。残念ながら」
 一方のウィッチは、跪いて顔を上げる事はない。
「まあ、仕方なかろう。彼奴は26体の試験体の中で唯一の成功例だ。一筋縄ではいくまい。まして、お前は優秀なエスパーではあるが、所詮は生身の身体だ。彼奴と違ってな。 とは言えこのまま脱走者を放っておくわけにはいかん」
「重々承知しています。既にZを葬り去る作戦を立てましてございます。あとは実行に移すのみ」
「そうか、期待しているぞ、ブラッディ・ウィッチ」
「ハッ」
「これは私からの贈り物だ」
 パチン、とドクトル沢渡が指を鳴らすと、ウィッチの左手にプラズマが発生し、やがてその薬指にリングが実体化した。
「このリングは?」
「うむ、そのリングから放たれる波導に捉えられたZは身動きが取れなくなる」
「その隙にZを殺せと?」
「良いか。失敗は許さんぞ」
「お任せを」
 ウィッチは深々と頭を垂れつつ、Z抹殺を強く心に誓うのだった。

 ベッドの上で眠り続ける新司の姿を見つめる涼子は、新司の腕を取って手首から脈を計っている。やがて手をほどいて小さく安堵のため息をついた。
 「特に異常なし。寝てるだけ」
 そこに玄関のドアを開け、一人の女性が入ってきた。
「涼子ちゃん、新司君は?」
「あ、先生」
 涼子に先生と呼ばれた女性。彼女は松原優美子。涼子の元家庭教師で、新司の高校時代の先輩。新司と涼子にとって、本当の姉のような存在である。
「もう、先生はやめて」
 苦笑しながら優美子は言う。
「あ、そうだね、ついクセで。ごめんネ」
「で、どうなの、新司君は?」
「ぐっすり眠ってる。脈拍も正常だし、異常ないみたい」
「そう、良かったわ」
 優美子は涼子の横に腰を下ろし、新司の寝顔を見つめる。
「それにしてもこのコ、半年以上もの間、どこに行ってたのかしら」
「いつも急にいなくなるの、お兄ちゃんの趣味みたいなもんだから」
「けど、こーんなかわいい妹と、こーんな美人の先輩をほったらかしにして。ねえ、涼子ちゃん?」
 優美子はいつもこんな調子。マジなんだか受け狙いなのか、自分のことを美人だと自称する。
「え? あ、うん。でも、私はいいの。小さい頃から私のこと守ってくれて、自分がやりたい事も我慢して私の面倒見てくれて。迷惑掛けてばかりだったから、その分、お兄ちゃんが やりたいって思ってる事、遠慮せずに何でもやってほしい。無事に帰ってきてくれるだけで、私は充分」
 瞳を潤ませながら話を聞いていた優美子は
「もう、涼子ちゃんったらカワイイ!」
 そう言って、優美子は涼子をギュッと抱きしめた。
「あん、もうやめて。ユミさん、その抱きつくクセ、直したほうがいいよ」
「あ、言ったな、意地悪」
 一瞬無言になったあと、二人は大きな声で笑いだした。そのにぎやかさの中でも、ベッドの上では、新司が安らかに寝息をたてていた。

 次の日の朝、新司は目を覚ました。身を起こし、大きな欠伸を一つ。ふとベッドの横の小さなテーブルの上の書置きとサンドイッチに気付き、書置きを手に取る。
そこにはこう書かれている。
「おはようお兄ちゃん。学校に行って来ます。
朝ごはんちゃんと食べてね。 涼子」
 その手紙を読んだ新司は思わず笑っていた。
「涼子のヤツ、我が妹ながら、相変わらず気の利く女だね。そうだ。今夜は久々に外で美味いもんでも食わせてやるかな。よし、そうと決まればバイクの手入れだ、っと、
その前にメシメシ!」
 新司は一心不乱にサンドイッチを頬張り始めた。

 その夜、人通りのない夜道を、涼子は一人家路を急いでいた。その前に、ふと立ち塞がる影。
「!」
 驚いた涼子の前に姿を見せたのはベージュのスーツを身にまとった、ウィッチだった。
「涼子ちゃん」
「リリア・・・・・・お姉ちゃん?」
「久しぶりね。元気だった?」
「うん、元気だったよ。あ、そうだ、あのね、お兄ちゃんがね・・・・・・」
 数年ぶりにリリアの姿を見た喜びで、涼子はマシンガンのように話す。しかし、その目の前にいるリリアは複雑な表情で、涼子の顔を見ている。突然、キラリ、と音を立てて、
リリアの目が光った、ように見えた。
「良かったわね」
 そう一言言うと、涼子に催眠術をかける。
「リリア、お姉・・・・・・ちゃん、何・・・・・・を・・・・・・」
 言葉にならない言葉を残して、涼子はその場に倒れこんだ。
「ごめんね、涼子ちゃん」
 リリアは涼子を抱きかかえてテレポートした。

 新司は涼子の帰りを待ちながら、ソファに腰掛けてテレビを観ていた。
「涼子ちゃん、新司君、いる?」
 挨拶もなしに、優美子が入ってきた。
「先輩、呼び鈴くらい鳴らしてから入って来なよ」
「ああ、新司君、目が覚めた? 涼子ちゃんは」
「学校からまだ戻ってない。わはは」
 お笑い番組を見て新司は一人で爆笑する。そんな新司の前に優美子は腰を下ろして、新司の顔をキッとにらむ。
「新司君」
 新司は思わず身構える。こういう表情をした時の優美子はちょいと苦手だ。心に冷や汗をかきながら、言葉を搾り出す。
「何?」
「何? じゃないでしょ。半年以上もどこに行ってたの? お姉さんに説明しなさい」
「いや、それは、その・・・・・・」
 まさかマッドサイエンティストに拉致されて人間以外のモノになってしまったと言えるわけがない。どう答えようか考えを巡らせていると、声が聞こえた。
「Z、Z」
「!」
 その声はまさしくウィッチの声だった。新司は思わず立ち上がった。
「どうしたの?」
 優美子の声は、今の新司には聞こえない。
 テレパシーが新司の頭の中に響いてきた。
『涼子は私が預かったわ。返して欲しかったら1時間後、地獄が原へ来なさい』
「リリア、お前は」
『待ってるわよ、Z』
「リリア!」
 ワケが分からずにいた優美子は、何度も新司を揺する。
「新司君、どうしたの? 新司君!」
「先輩、涼子が捕まった」
「捕まった?」
「俺をおびき出すために、涼子を」
「何を言ってるの?」
 そんなマンガやドラマじゃあるまいし・・・・・・そう思えて仕方がない優美子にはその言葉を受け入れる事が出来ない。
「涼子を助けに行く」
 新司は外に出て、昼間に整備しておいたバイクに飛び乗った。
 それを追って、優美子も出てきた。
「新司君!」
「地獄が原へ行く。帰って来れたら全部話すから!」
 フルフェイスのヘルメットを被り、バイクのアクセルを吹かす。走り出す。
「涼子、待ってろ。すぐに助けてやるからな」

第3章 決戦の火蓋

 地獄が原−−。地図にも載らない小さな原野。そこにある一本の巨木に、縛られた涼子がビームロープで吊るされている。 ちょうど涼子が目を覚ました。
「気が付いたようね」
 リリアではなく、ブラッディ・ウィッチの姿になった彼女は、優しく涼子に話し掛けた。
「涼子ちゃん。それ以上あなたに危害を加える気はないわ。安心して」
「リリアお姉ちゃん、どうして?」
「・・・・・・」
 ウィッチは何も答えず、涼子を見つめる。その目にはかすかに、光るものが瞬いている。そこへバイクの爆音が響いてきた。
「来たわね」
 そう言って音のする方向へ目をやる。バイクは砂煙を上げ、急ブレーキで止まる。新司は素早くヘルメットを脱いで叫ぶ。
「涼子!」
「お兄ちゃん!」
 涼子に駆け寄ろうとした新司は、しかし、足元に赤い光弾を受けそうになりその場を動けなかった。
「そこから動かないで!」
「リリア、お前は!」
「涼子ちゃん、さっきのあなたの質問の答えはこれよ」
「私を、囮に?」
「悪く思わないでね。こうでもしないと、あなたのお兄ちゃんは私に会ってくれないのよ」
  「リリア、言われたとおり来たんだ。涼子を放してくれ」
「・・・・・・いいわ」
 ウィッチが右手の指先を涼子に向けた。一瞬にしてビームロープは消滅し、涼子は地面に落ちた。新司は駆け寄って涼子を抱き起こす。
「涼子、大丈夫か?」
「お兄ちゃん」
「涼子、隠れているんだ。何があっても出てくるんじゃないぞ、いいな」
「うん」
 涼子は強く頷いた。新司の全てを信頼しているのだ。
 涼子は走り出し、新司はウィッチに向き直る。
「リリアやめろ。お前とは戦いたくないんだよ」
「まだ言うの? 私たちが戦うのは運命だと言ったはずよ」
「俺は、俺は、そんな運命なんて信じない」
「どうしても戦うのは嫌だと言うのね。いいわ。私の目的は、あなたを殺す事」
 左手のリングから波導が発せられ、新司の身体を包み込んだ。
「こ、これは? 身体に力が、力が入らない。動けない!」
「あなたに残された道は、あの世への一本道だけよ」
 ウィッチの右手に、青い光弾が発生する。
「その頭をふっ飛ばして殺してあげる。さよなら、Z」
 光弾が一直線に新司めがけて飛んでいく。人間の姿のままアレを食らうとタダでは済まない。
「クッ!」
 死を覚悟したその瞬間、新司は弾き飛ばされた。涼子が新司に体当たりしたのだ。そして青い光弾は、涼子に大ダメージを与える。
「キャアアア!」
「アアッ!」
 涼子とウィッチは同時に声を上げた。涼子は悲鳴を、ウィッチは慟哭を。
 突き飛ばされて倒れた新司は、波導の消えた身体を何とか起こし、倒れている涼子に駆け寄った。抱き起こして身体を揺する。新司のその手には、真赤な血が……。
「涼子、涼子!」
「お兄ちゃん、良かった、無事で・・・・・・」
「バカ! どうしてあんな無茶を。何があっても出てくるなって・・・・・・」
「だって・・・・・・」
 何かを言いかけたが、涼子は気を失った。
「涼子!」
 血にまみれた涼子の手を握り、新司は強く目を閉じる。
「バカなことを・・・・・・」  思わずそう呟いたウィッチに向かって、新司は叫ぶ。
「リリア! お前は本当に人の心を無くしちまったのか!」
「ウゥ」
 その叫びに、ウィッチは何も答えられなかった。そして、それがどうしてなのか、ウィッチにも分からなかった。
 と、そこへ、優美子の乗るポルシェがやって来た。新司は涼子を抱きかかえて立ち上がる。
「新司君!」
 大声を上げて、優美子は車から飛び出した。
「大怪我をしているんだ。頼む」
「涼子ちゃん! 新司君、一体・・・・・・」
「急いで! わけは後で話すから!」
 その剣幕に圧倒された優美子はそれ以上何も聞けずに涼子を託された。
「わ、分かったわ」
 ただ一言、そう声を絞り出すだけで精一杯だった。車に涼子を乗せ、優美子は車を急発進させる。
 その車を見送った新司は、強い眼差しでウィッチを見つめる。
 ほんの数秒なのか、もっと長い時間か。それさえもわからないような時間が過ぎた頃、突然に辺りに閃光が走った。その閃光の中から、 ドクトル渡会が姿を現した。黒いマントで身を包んでいる。
「Zよ・・・・・・」
「ドクトル渡会」
 憎しみと怒りを込めて新司はその姿を見つめる。
「ドクトル渡会、なぜここへ?」
 アジトから外に出る事など滅多にないドクター渡会がここに姿を見せた事に、ウィッチは驚きを隠せなかった。
「ブラッディ・ウィッチ、失敗は許さんと言ったはずだ」
「はい。しかし予想だにせぬ邪魔が入り・・・・・・」
「これ以上、言い訳など聞く耳は持たん。死ね」
 ゆっくりとドクトル渡会が手を上げると、その先にはビームナイフが発生、テレキネシスでウィッチに向かって飛ばす。
「キャアッ!」
 ビームナイフはウィッチの左胸に突き刺さった。ドサリと鈍い音を立てて、ウィッチは倒れた。
「ドクトル渡会! てめえ!」
「何を怒っている? 貴様もウィッチを許せないのではなかったのか?」
「うるせえ! てめえだけは絶対に許さねえ! ブラスト・チェインジ!」
 掛け声と共に両腕を顔の前で十字に組み、続いて左右に開く。それと同時に変身スイッチが起動、体中に信号が走る。瞬時に右手の甲に 埋め込まれたGクリスタルが出現し、光を放つ。新司の前身を包み込んだ光が消えた時、新司はZへの変身を完了していた。
「ドクトル渡会、あいつはお前の事を愛していたんだぞ!」
「それがどうした」
 ドクトル渡会は相変わらず表情をほとんど変えずにいる。
「それがどうしただと? てめえ、それでも人間か!」
 珍しく渡会の表情が変わった。しかしそれは、嘲笑だった。
「愚かな。私は人間などと言う下等な生物ではない。私こそ、この世を司る神なのだ!」
「神だと?」
「そう、神だ。この地球上に生きとし生ける物全ての命は私の手の中にあるのだ。今、私の本当の姿を見せてやる」
 そう言ってマントを脱ぎ捨てたドクトル渡会は、うおおおおおっ! と咆哮を上げ、体中から光を放つ。その光が彼の身体を包み込む。 固唾を飲んでその光景を見ていたZは思わず呟いた。
「俺と、同じだ」
 そして光が飛び散り、ドクトル渡会が変身した姿、オメガが現れた。白を基調としたデザインとカラーリングで、どことなく、Zに似ている。 Zがカブトムシなら、オメガはクワガタムシか? だがZに比べるとかなり禍々しい。
「俺に、似ている?」
 そのZの言葉をオメガは否定する。
「違うな。貴様が私に似ているのだ。私のデータを元にお前に細胞レベルでの調整を施したのが、この私だ。言わば私は貴様の創造主、 その意味でも神なのだ。変身したからには私を倒すつもりなのだろうが、当然貴様には私に勝てるほどの力などは与えていない。そしてまた、 貴様は自分の全ての能力を把握できてもいない」
 その通りだった。ドクトル渡会の手によって調整された身体は、そのほとんどがプログラムされたものだ。変身ポーズがとれたのも、 植え付けられた本能ゆえのもの、と言える。
「Zよ神の力、身をもって思い知るがいい。グラビトン・ウェイブ」
 オメガの両肩から発射口がせり出し、重力波を放った。Zはあっさりと吹き飛ばされる。その力に言葉も出ない。
(ウウッ! 身体がバラバラになりそうだ!)
 そう感じる事が精一杯で、Zは地面に強く叩きつけられた。なんとか立ち上がり、オメガを見据える。
「今の一撃は手加減してやった」
「なんだと! ざけやがって!」
 Zはダッシュで一気にオメガに近づいた。
「ウオー!」
 渾身の力を込めて、パンチを繰り出す。しかしその拳は、いとも簡単に右手一本で受け止められた。
「何?」
 Zはその手を振りほどこうとするが、びくともしない。
「他愛のない」
 オメガは右手に力を込めた。苦痛にZは悲鳴を上げた。
「ウァァァッ!」
 さらにオメガはその腕でZを振り回し、二度、三度と地面に叩きつけ、最後に投げ飛ばす。
「ウワァァァァッ!」
 地面をゴロゴロと転がりまわる。その少し後方には、リリアの身体が横たわっている。瀕死の状態ではあるが、まだ命は尽きていないようだ。
「リリア・・・・・・」
 Zはなんとか立ち上がるが、ダメージは大きい。
「俺がヤツを参考に調整されたと言うのなら、俺にもヤツのような力があるはずだ。何かが」
「まだ立てるのか」
 少し感心したふうにオメガが言う。
「しかし、そろそろお前の姿も見飽きた。Zよ、次は手加減はせん。死んでもらうぞ」
 その言葉を聞きながら、Zは精神を集中する。何かを探っているのか?
「そうか! わかった!」
「そこに転がっているウィッチ共々粉々にしてくれる。グラビトン・ウェイブ、発射」
「やらせない! リリアも死なせはしない!」
 Zの角の先端から、ビームが放たれた。ビームは拡散し、オメガに向かう。グラビトン・ウェイブと激突し、二つのエネルギーは相殺されて 消えうせた。
「なんだと? そんなバカな! 私の計算では、貴様にそんな力は・・・・・・」
「愛する気持ちや正義の心は計算できなかったようだな、ドクトル渡会。いや、そんなことは計算でなど知ることは出来やしないんだ。
 その言葉にオメガはひるむ。
「さっきは自分を神だと言ったな。もし仮にお前が神であったとしても、俺はその神さえも超えてみせる! 行くぞぉっ!」
 Zは背中の装甲を左右にスライドさせ、スラスターを露出させた。そのスラスターから緑色の炎を発し、加速をつけてオメガに突進する。 そして右の拳は、真紅の光に包まれる。
「スカーレット・ナァァァァァックル!」
 その拳は、オメガの腹部を突き破る。そこからはメカニックが見え、オメガの口から真赤な血が噴き出す。
「お前は、サイボーグだったのか」
「そうだ。私の身体はお前と違い、細胞レベルでの調整には適合しない身体だった。だから私は、自らを改造してサイボーグになった。 だからこそ・・・・・・だからこそ、私は貴様に殺されるわけにはいかぬのだ。かくなる上は、貴様をあの世へ道連れにしてくれる!」
「なんだと?」
「私と共に死ね、Z!」
 オメガが叫んだその瞬間、誰かがオメガを羽交い絞めにした。それは・・・・・・。
「リリア!」
「まだ・・・・・・、まだリリアって呼んでくれるのね、新ちゃん」
「リリア」
 その表情は、女戦士としての精悍なものではなく、優しい女性のそれである。
「涼子ちゃんには、ごめんなさいって伝えて? お願い。そして、涼子ちゃんを、人類を守ってあげて、新ちゃん、いえ、戦士Z」
「ブラッディ・ウィッチ、このくたばり損ないが、離せ! 離さぬか!」
 もがいてみるが、オメガもダメージは大きく、振り払う事が出来ない。
「ドクトル渡会、いえ、ケント、一緒に行きましょう。愛しているわ、ずっと・・・・・・」
 ウィッチはオメガを捉えたまま大空高く飛び上がった。瞬く間に小さくなっていく。やがて目に見えなくなり、少しして夜明けの空に 光が走り、小さく爆音が轟いた。
「リリア・・・・・・」
 小さく呟いたZ、いや、西条新司は、それだけでは思いは止まらず、大空に向かって叫ばずにはいられなかった。
「リーリアァァァ!」
(完)

次回予告
ACT−II 新たな敵 第1章 新司の憂鬱

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